昭和の良き思い出

昭和40年代に生まれ、年齢が40代となる世代がいます。自分もその一人です。子供たちの生活を見ていると改めて、時代の流れを感じると思います。

それは良い悪いではなく、懐かしい最高の思い出として35年以上、経過しました。

小学3年生までの団地住まいの中、人生の前半が凝縮されている最高の日々でした。いくつか紹介します。

  1. 木刀づくり
  2. 落とし穴づくり
  3. 工場探索

木刀づくり

当時、小学1年だった自分は年上の小学生とばかり遊びました。正確には、遊んでもらう為に一生懸命に何処までも、ついて行きました。ある日、6年生の人が木刀を作ってくれるこになりました。しかし材料がない為に近くの木材工場に調達しに行きます。みんな、めぼしい木材を片手にする中、よくわからずに自分も一本持ちます。多分、廃材置場だと思うのですが……そして、6年生のところに行くとカンナを片手に待ってます。少しずつ斜めに削っていくと、だんだん刀の形になります。順番に並び、やっと自分の番です。1年生から見る6年生は大人のようです。完成し、ひと言。「後はグリップにビニールテープを巻き、刃の部分はペーパーで仕上げ。やり過ぎると切れるから注意しろ。」ってね 。 その日の夜、ニヤニヤしながらビニールテープを巻き、ペーパーをかけたのを覚えていますがひとつだけ不思議な事がありました。みんな白っぽい木刀ですが自分だけ赤っぽい物でした。自分だけ何故みんなと違うのか?
大人になって確信しましたが、あれはラワン材だったのです。誰よりも硬い木刀となりました。

落とし穴づくり

団地の真ん中に公園がありました。学校から帰ると必ずそこに行きます。すると、自然に人が増えてきます。遊び相手に不自由しません。ある日、公園の砂場に落とし穴をつくる事になりました。上級生は家からスコップ。自分はごみ袋を持って来るよう言われました。小学生がスコップを使う姿を始めて見ました。手慣れた物で簡単に1mぐらい掘ります。公園の砂場は深く掘ると水が出てくる事もその時に学びました。フタをする為、ごみ袋を使います。丁寧に一枚に広げます。最初は四つ角から砂をのせ、少しずつ全体に砂をのせます。砂が多い程、自然に見えますが、やりすぎるとビニールが下がってしまうのでバランスが大切です。仕上げは飴玉を2,3個、ポイってのせます。必ず飴玉を取りに誰かが穴に落ちますね。
ここで小学生なりの美学が生まれます。あまり砂が多いと落ちるスピードが緩やかなのです。出来るだけ少ない砂でバレずにストン!と落ちるのが理想でした。

工場探索

団地の隣の敷地にはコンクリートの二次製品の工場でした。絶対に入ってはいけない場所です。リフトやトラックが頻繁に作業している為、危険な場所です。トゲトゲした鉄柵の隙間から侵入し、4mぐらいのセメント袋の山を越えながら、大人に見つからないように、ちょろちょろします。そこで働いている親もいました。スリル満点でした。名を忍者部隊と言っていました。時々、見つかり怒られる子もいましたが忍者部隊の挑戦は日々続きました。

今では考えられない事がたくさんありますが、とても充実した小学生でした。大きな怪我もなく無事で何よりです。

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