ガンプラ(ガンダムプラモデル)に魅了されジオラマを目指した結果

35年経過した今でもガンプラの人気は衰えません。
ゲームがあまり普及していない時代、ガンプラの虜になりました。300円~1000円ぐらいの価格で販売されていましたが、簡単に買える物ではありませんでした。だからこそ買って貰った時の感動と喜びは大きな物でした。限られた店で限られた中から選ぶ事が普通です。欲しい物を取り寄せて購入する事など小学生には、わかりません。お祭りで珍しい物があった時の興奮は今でも覚えています。
そんなガンプラですが、楽しみ方にも段階があります。

  1. 組み立てる楽しさ
  2. 着色する楽しさ
  3. 自分で色を造る楽しさ
  4. ジオラマを目指す

組み立てる楽しさ

始めの頃はバラバラのパーツを組み立てるだけで満足します。説明書通りの手順で最後に付属のステッカーを貼りアクセントをつけて完成です。出来た物を只、眺めています。

着色する楽しさ

やがて、ステッカーに物足りなさを感じ、専用の着色材で色を塗ります。組み立てた後だと、あまり上手くいきません。バラバラのパーツの時がベストですが、十分に満足出来ます。
しかし実際のアニメーションの色とは程遠い事が多々あります。

自分で色を造る楽しさ

いつの日か、商品ごとに専用のカラー(メインの3色)が発売しました。ドム専用カラーとかジオング専用カラーとかです。しかし、これは量が少ない割りに値段が高い物でした。子供ながらに、これは買う物ではないと思いました。結局、自分で色を考え混ぜ合わせる事になります。なかなか上手くいきませんが、この作業がとても楽しかったのを覚えています。

ジオラマを目指す

最終的にやる事がなくなり、変化を求めます。アニメーションは基本、戦闘シーンが多く故障や粉砕する場面が頭に残ります。当然ジオラマは、そのようなシーンを目指します。
小学校の低学年の時に、友人の家の物置でライター片手にジオラマに挑戦しました。部分的に温めて変形させたり、焦がしたりと友人と二人で夢中になりました。結果、上手くいきません。
最後は黒い塊となりました。
帰宅すると母親が顔を見るなり怒鳴ります。 『火遊びしたでしょ!』
なぜわかったのか不思議に思いました。 『鏡を見てみな!』
ススで顔が真っ黒でした。楽しい思い出が悲しい出来事に変わりました。
しばらくは、大人しくしていました。
それから2年ぐらい経過した冬でした。ガンプラの熱も冷めた頃です。何を思ったのか二階の窓から庭へガンプラを一体投げてみます。おそらく、雪があるから破損しないと思ったのでしょうか?雪に半分埋まるガンプラを見て、スケールの大きいジオラマをイメージしてしまいます。そして、全てのガンプラを庭に向かって投げます。全てを投入した時、何とも言えない気分でした。因みに、この庭は父親が大切にしていて普段は立ち入り禁止区域です。
その日は運良く雪が降り、ガンプラは全て見えなくなりました。
やがて春になり無残なガンプラ共々、父親にガッツリと怒られたのは言うまでもありません。

ジオラマは危険という教訓でした。

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