震災で思う事-2

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本当に津波なんて来るのだろうか?外を見ると、こんな田舎の道路がこんな時間に渋滞しているのです。
もう、疑っている時間もありません。慌てて子供たちを車に乗せて避難します。みんな海から離れて山の方に向かっています。とりあえず、その流れについて行きました。距離にして5kmほど走りました。すると前の方の車が止まり、戻ってきています。どうやら、橋が壊れてそれ以上先は行けないようです。その頃、ラジオから津波の心配はないと情報が入ってきました。車がごちゃごちゃしてる中、安心した人達は車から降りて話をしています。私のところにも知人がやってきて話をしましたが、知人の靴は左右バラバラでした。が、そんなところは突っ込めません。私は靴を履いてませんでしたから。
この時、長女の同級生ライングループにいち早く津波は来ないという情報が入っていましたが、私の頭はパニック状態でしたので、ラジオを聞く事すら難しい状態でした。
後にわかる事ですが、仮に橋を超えたところで、その先は土砂崩れの場所でした。
他の方法で避難した話も後日聞けました。山を目指すのではなく、高台に向かう人。車の渋滞を懸念し走って高い建物に登った人。登ったところで、案外低いと感じ、困惑した人。
やはり、津波が来た時にどうするかは事前にしっかり考えておくべきのようです。停電でTVが見れなくてもスマホにラジオのアプリぐらいは入れておくほうがいいです。

避難所へ

とりあえず、家に戻りますがどうしていいのかわかりません。とにかく子供たち不安を少しでも取り除くことが大切です。たしか、近くの高校が災害時の避難所に指定されていたのを思い出して行きました。体育館へ案内されましたが、真っ暗で静まり返った状態です。何人いるかもわかりませんが、少ないと感じました。とりあえず、座り込み5分ぐらいたった時に係の人がマットを運ぶ為、人手がほしいとの事。隣の建物からマットを数回運びました。精神だけでなく、肉体もボロボロになりました。これ以上ここにいても、逆に不安になりそうなので、改めて家に戻る事にしました。時刻は4時半ぐらいで少しだけ明るくなっていました。
避難所もどうしていいのかわからない状態でした。携帯電話がほとんど使えないので、何も出来なかったのでしょう。何らかの声掛けで避難して来た人を安心させることが出来たらよかったのですが、そんなマニュアルなんてなかったのでしょう。

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